正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:出家僧の三衣

大石寺の僧侶は大乗の中でも末法無戒で妻帯もするし金銭など財産所有は認められているようです。まるで在家と、いや在家以上の資産を持っている人もいるんですが、そもそもの仏教僧はそうではなかったんですね。

三衣一鉢:仏教の出家修行者すなわち比丘(びく)が所有を許された3種類の衣と鉢(乞食(こつじき)用の食器)のこと。〈さんねいっぱつ〉などともいう。三衣とは、一番下に身に着けるアンタルバーサantarvāsa(下衣。安陀会(あんだえ)と音写される)、その上に着るウッタラーサンガuttarāsaṅga(大衣。鬱多羅僧(うつたらそう)、そして時にさらにその上に着るサンガーティsaṃghāṭi(重衣。僧伽梨(そうぎやり))のことで、これらはいずれも形や大きさ、色、縫製法、着用法などが定められていた。

日本ではこういう形の三衣を着している坊さんは居ないんですが、この三衣を細かく説明しますと以下のようになります。

◎僧伽梨(そうぎゃり)=大衣(だいえ)、重衣(じゅうえ)、雑碎衣(ぞうさいえ)、高勝衣(こうしょうえ)、九条衣・・・正装用で袈裟の原型と言われるものです。
鬱多羅僧(うったらそう)=上衣(じょうえ、中価衣(ちゅうかえ)、入衆衣(にゅうしゅうえ)、七条衣・・・礼拝や聴講の時に着る衣です。
安陀会(あんだえ)=中衣、内衣、中宿衣、中着衣、五条衣・・・日常の作業や寝るときに着る肌着です。

女性の場合はさらに、腋(わき)や胸を覆う覆肩衣(ふげんえ)と水浴衣を持つことが許されました。三衣+2=五衣といいます。

で、大石寺では指導教師になり、僧階が上がって大僧都とかに昇進しますと正絹など豪華な袈裟などを付けますのでどんどん釈迦の決めた三衣から遠ざかるわけです。

当宗では袈裟・衣・数珠を三衣といいますが、数珠は布で出来ていなくても、煩悩をかくす不思議なる衣といわれています。(日蓮正宗・三衣について)

実は釈迦の在世に数珠など使用していなかったんですが、途中から法具になったようで、大石寺ではそういう歴史を無視して数珠が衣だとかお馬鹿なこと言っていますw。