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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:鉢はない

大石寺だけに限らないのですが、日本仏教の出家僧は奈良時代に出家=官僚僧と国が決めた規定に則り東大寺戒壇で授戒を受けたものだけが僧侶として認められていました。
その後最澄がなし崩しに大乗戒をやりだしてから、日本の僧侶の戒は滅茶滅茶になっていくのですが、いまでは戒など糞食らえの自称坊さんが多くのさばっています。

それらは佐々木閑氏いわくは日本に戒律の律がもたらされなかったのが原因となっていまして、サンガに属する僧侶の生活規範である律はどこの宗派もいい加減です。しかも日本ではインドで定められた三衣一鉢の「一鉢」概念はありません。

鉢は托鉢(たくはつ)の際に布施(ふせ)=主に食物を受ける食器です。鉄製、陶製、木製、匏(ひさご)の四種類があり、材料、色、容量などが決められているので、応量器(おうりょうき)とも呼ばれます。

釈迦の初期仏典が流布した南伝仏教の土地では今でも托鉢にまわる僧侶に食料を布施して功徳を積もうとする在家と出家の関係が見られます。日本では道元さんの宗派が一年に一回、外界に托鉢に出るらしいですが、ほとんど形骸化していて、日本では坊さんが玄関に立っていると奇異な感じすらします。

もっとも大石寺ではこんな一鉢や托鉢など習慣すらなく信者さんからはもっぱら金の供養が主体であとは酒を持っていったりするようですね。

道心の中に衣食(えじき)あり 衣食の中に道心なし:伝教大師御遺誠

最澄が残したこういう言葉も資産を持ち、嫁と子供の生活に明け暮れ、仏教を事業化している日本仏教では死語ですね。偽書である末法燈明記を根拠として破戒や殺人まで肯定する戦国期の延暦寺興福寺等の僧兵が跋扈したのは、誰のせいなんでしょうか?