正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:数珠?、三衣の一つ??

大石寺の三衣は袈裟と布と数珠だそうですが、二十六世の日寛さんの三衣観が根拠となっているようです。

当宗では袈裟・衣・数珠を三衣といいますが、数珠は布で出来ていなくても、煩悩をかくす不思議なる衣といわれています。(日蓮正宗・三衣について) 

水を差すようで申し訳ないですが、仏教の本家・インドで数珠のことをマラと言う。粗末な木の実の玉が108つ黄色や赤の糸で繋がれている。日本のもののように半分ずつにした両端に二つも元玉はない。一括りにして元玉は一つだけある。

釈迦の初期経典には数珠などが出てこない、なぜなら使っていないから。

日本で使用される他の表記「珠数」「念数」は本質的に不自然である。仏典では「数珠」と「念珠」の双方が使用され、どちらが主流というものではなかったように見える。

仏経の中にも『曼殊室利呪蔵中校量数珠功徳経』(唐・義浄訳)『仏説校量数珠功徳経』(唐・宝思惟訳)が「数珠」を用い、『金剛頂瑜伽念珠経』(唐・不空訳)が「念珠」を用いるように、一定していない。同じ仏経でも、東晋の失訳経『木子経』には、百八の木 子を貫いて数珠を作ることを述べているが、「数珠」とも「念珠」とも言っていない。そのような漢語が形成されたのは、数珠そのものが普及した唐代以降である可能性がある。また、『一字仏頂輪王経』(唐・菩提流支訳)に見える「呪珠」は、数珠のことであろう。このように、密教の儀軌に関する用例が多いのも、中国仏典での数珠の特徴である。(漢語の位相と表記・ 高橋久子氏| 李   妍氏)

この数珠に関して論考はこちらのブログで参考になります。 ご覧いただければわかりますように、数珠とはマントラを唱える際の計算機で、何も仏教徒にとっての必需品ということではない。だから数を数える必要のない時代(つまりマントラとか念仏名称とか唱えた)には数珠はなかった。

従って未だに南方の上座部仏教徒は数珠を必要としない。大乗仏教になって、真言(マントラ)の数を数える必要が出来て始めて仏教徒は数珠を手にした。それは、釈迦入滅から500年以上も経ってからのことなんですね。

真言亡国と言いながら、真言宗の儀軌を横滑りにつかっている大矛盾、しかもそれを三衣の一つに数えている、実に大笑いです。