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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:戒定慧の三学

戒定慧とは仏道修行に必要な三つの大切な事柄で悪を止める戒と、心の平静を得る定と、真実を悟る慧。日蓮さんは末法の人々は智慧足らずだから、信で補うとか分けわかんないこと言ってます。

であるのに、日興さんは戒定慧を再定義して、日興の戒定慧・三学は以下の配列だそうです。

◎日興・上行所伝三大秘法口決
                    ┌虚空不動戒
一 本門寿量の大戒─────┼無作の円戒と名づく
                    └本門寿量の大戒壇と名づく
                    ┌虚空不動定
一 本門寿量の本尊─────┼本門無作の大定
                    └本門無作の事の一念三千
                    ┌虚空不動慧
一 本門寿量の妙法蓮華経──┼自受用の本分と名づく
                    └無作の円慧

なんだか仰々しい理屈チャートですけど「戒とは本門の戒壇、定とは本門の本尊、慧とは本門の題目」が主意だそうです。しかし日蓮さんは

末法に入って初心の行者必ず円の三学を具するや不や」→ 「戒定の二法を制止して一向に慧の一分に限る」→ 「慧又堪へざれば信を以て慧に代ふ。信の一字を詮と為す。」(四信五品抄)

となっているようで、日興さんも受持即持戒といいながら、題目と本尊は戒は、戒定慧の三学だとか、言い出してるんですね。 

二十六世の日寛さんは、他宗でも三学が切り離せないので言い訳のような文章があります。

「凡およそ戒定慧は仏家(ぶっけ)の軌則(きそく)なり、是の故に須臾(しゅゆ)も相離るべからず」(六巻抄)

だったら最初からちゃんと決めときゃいいのに、ツギハギでやるもんだから、こういうダッチロール現象です。