正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:法衣の素絹

大石寺は法服に関しては開祖以来の伝統とするようですが、さて日蓮さんが素絹の着用をしたと二十六世の日寛さんは当家三衣抄にて、道理・引証・料簡の三門に約して、

一に法衣には素絹を用い、薄墨色に限ること、
二に袈裟は白五条を用いること、
三に数珠の由来

 となってるんですが、素絹なんて日蓮さんが着たんでしょうかね?しかもそれって天台宗の「素絹記」という書物に定められた由来のもので、天台宗は去年の暦なのに、そこだけ使うってのもおかしな話です。

素絹着用の始祖とする説は 『南都北嶺 両寺法服記』(南北朝末頃に成立)に、

一、素絹 此衣体。限二天台官僧一著レ之。其濫筋者。天台貫主良源大僧正

と記され、天台の官僧に限って着されるものであると強調している。(中略)しかし、『起請二十六箇条』等の良源に関する根本資料にも素絹 の語は全く見られないので、『素絹記』 の如く素絹の濫筋を良源とする のは、 後世の説と見なければならないであろう。素絹の名が見られるのは、管見した限りでは南北朝末期に記された 『南都北嶺両寺法服記』以前には遡ることができないようである。(鳥居本幸代・日本の法衣に関する一考察)

悪いことはできませんね、室町から始まった天台宗の素絹着用の形式を大石寺パクっている・・・(訂正)流用してるんですね。

とても鎌倉時代にそういう法衣が有ったとは思えないのに、ここでも日寛さんのさもあったかのようなコジツケ論法は破綻していますねw