正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:素絹だから良いってもんじゃ。

大石寺では聖僧=何でもありの人達なんですが、それでも素絹素材の袈裟が宗祖から伝わった伝法の証とでも言いそうなんですが、先に見たように室町時代天台宗からの法衣をそのまま頂いたものでした。

しかも素材選定で吉田神道からの流入ということが判明しています。

素絹は字の如くに素白なる絹の衣という意味であるが、『僧官僧服記』(一七二九年に成立) に、
「吉田家にては此の時。 祭服の具の内を与へ申。 今の素絹の由申伝へ杯にて」
と記されているように、少なからず神道の影響を受けていたようである。(日本の法衣に関する一考察・鳥居本幸代)

これもみても天台宗では神道は容認ですので問題などないんですが、大石寺は神社は不拝ですし、様式などご法度のはずですが、結果的に神道で用いられた素絹の素材を天台宗に習って採用していますので、ここでも謗法与同がうっすら見え隠れしています。

さらに絹は蚕が吐いた糸を使用していますので、いわば殺生戒を破ることになるのですが、殺生戒もなし崩しの大石寺ではこれもお構いないしなんでしょう。最後のパンチです。

本来、僧侶は常に律蔵に言う賢聖衣・ 衣を身に付けねばならないのであるが、素絹や直綴の誕生に伴って、公式の法衣と私的な場での法衣という区別 が生じてきたのではないだろうか。この意味からも、我国の法衣を考察する時、単に形態的変化や相違点を追求するだけでなく、公私の区別という一面も留意せねばならな いと考えるのである(日本の法衣に関する一考察・鳥居本幸代)

これを見ると素絹着用は本来は法衣ではなく道中に着る平服だったようですが、ま、戒律のない大石寺ではどこ吹く風でしょう・・・。