正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:三衣は壊滅

ということで開祖以来の伝統が自慢だった大石寺の家風である三衣は、数珠はヒンドゥー教からの流入物で釈迦在世には関係しない物。

袈裟に関しても実際は糞掃衣というもので、墓場に落ちている布などを継ぎ接ぎしたものを使用していましたが、五条袈裟とか正統でもなんでもなく、天台宗からの受け売りと流れ物。実際はかなり長いものでした。

更に釈迦在世では鉢を持って托鉢していましたが、そんなものは日本仏教には採用もなかったようです。托鉢について「托鉢は乞食行ではありません」ということだそうでココが勉強になります。

現代では南伝仏教の地域で托鉢行が今も行われていて、その地域の在家の人は僧侶に布施する行為が伝統的に根付いているようですね。

日本仏教は奈良朝の官僧時代の流れで供物財物を天朝や時の幕府から頂いていわば御用坊主の一端を占めていただけです。

「僧は一衣一鉢の外は財宝を持タ(た)ず、居所を思ハず、衣食を貪ラざる間、一向に学道す。」『正法眼蔵随聞記』

これは道元さんの講義を聴聞した記録ですが、 三衣一鉢は、禅宗僧侶の持ち物のこととされています。
禅宗では、仏教で修行僧が私有することを許された6種の生活用具 (六物 ) のうちの4種。大衣,上衣,中衣 (以上を三衣という) 鉢の4つ。というシンプルさですが、現状の禅宗は私財も妻帯もしている人が多いですので、この対象ではないですけどね。

大石寺二十六代の日寛さんの自慢タラタラは何の根拠もないという自己満足です、はい。