正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:卒塔婆で空手形の乱発

昨日の続きですが、日蓮の時代では卒塔婆回向は僧侶の特権ではなく半僧半俗の身でも結構なことだと誉められていました。で、この文章の痛いところはココですね。

其の風を身にふれて畜生道をまぬかれて都率の内院に生まれん。況んやかのそとば(卒塔婆)に随喜をなし、手をふれ眼に見まいらせ候人類をや。

過去の父母も彼のそとば(卒塔婆)の功徳によりて、天の日月の如く浄土をてらし、孝養の人並びに妻子は現世には寿を百二十年持ちて、後生には父母とともに霊山浄土にまいり給はん事(中興入道御消息・真蹟なし)

赤文字部分ではまず卒塔婆回向で→兜率天、次に浄土、そして霊山浄土。この兜率天の内院というのは弥勒菩薩の居る所で、そんな所に再生してしまえば五十六億七千万年後に一緒に下天というコースで、法華経と関係なくなりますけどね。

さらにそこで過去の父母も生まれ合わすのなら、どんな悪事を犯した人も卒塔婆一本で解決という因果の道を否定する仏道徳目ですww。

一方で、その卒塔婆を立てた願主の人は今度は日蓮の推奨する霊山浄土へ往きそこで父母にまた会えるというんですから、願主の父母は兜率天へ行ったり霊山浄土へ行ったりで、天界から霊山まで右往左往ですねw。

しかしその願主の人、百二十歳まで生きる功徳だよとか言われて、ここでもうドッチラケでしょう。そんな生きれるわけないし、途中でなくなったら誰がこの発言の責任を負うんでしょう。

この遺文は真蹟が残っていないので、誰が書いたのか不明なんですが、こういうブラフ、空手形を発行するってあまり良く考えないで作ったんでしょうね。