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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:語句変換【法華経の観音等】

日蓮さんは遺文で法華経第一と謳っているんですが、その経典に登場する観音菩薩普賢菩薩、弥勒信仰、地蔵信仰、阿弥陀如来についてはまったく無視で、特に観世音菩薩普門品第二十五の念彼観音力などは触れてもいません。

人々が困難にあい、さまざまな苦しみにさいなまれるとき、この観音の優れた力が、人々の苦しみを救ってくれる。神通力を全部そなえ、智恵に富んださまざまな手段によって、あらゆる方角にある国に姿を現わし、どんな国でも現われないことはない。
観音菩薩はさまざまな悪趣に出向き、地獄・餓鬼・畜生などによる苦しみと、生老病死の苦しみを、神通力と方便によって滅ぼしていく。(中略) 

観音菩薩は優れた音、世間を観る音、梵天の音、大海の音を持ち、世界のあらゆる音に勝る音を持っている。したがって常にこの観音を念ぜよ。一念一念に念じて決して疑ってはならない。

この観世音という浄い聖者は、苦しみや死の苦難が訪れたときに、最後のよりどころとなるのである。あらゆる功徳を持ち、慈悲の目をもって人々を眺めている。その福の集まる姿は無量であり、だからこそ礼拝すべきである。(法華経普門品|観音経)

こんな有り難いのに、日蓮さんの遺文では末法ではないからとバッサリです。 

★「末法に入りなば迦葉・阿難等、文殊弥勒菩薩等、薬王・観音等のゆづられしところの小乗経・大乗経並びに法華経は文字はありとも衆生の病の薬とはなるべからず。いわゆる病は重し薬はあさし。その時上行菩薩出現して妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生にさづくべし。」(高橋入道殿御返事)

★「像法の中末に観音・薬王・南岳・天台等と示現し出現して迹門を以て面と為し本門を以て裏と為して百界千如一念三千其の義を尽せり、但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之を行ぜず所詮円機有つて円時無き故なり。」(観心本尊抄

という理由で大石寺の語句変換もこの観音菩薩末法の有益な救済力ではないと変換せずに「釈迦の説いた法華経末法には無益であると高橋入道殿御返事には教示してある」と、あれだけ引用しているのに時代遅れ、時期違いとするようですw。