正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:語句変換【弥勒菩薩】

昨日の延長ですが、弥勒菩薩は経典上では「弥勒下生経」というのがあり、56億7000万年後に出家したのち竜華樹下で悟りを得て三度にわたり説法を行い多くの人々を救うと説かれています。

また別の経典ではその救済する数について初会96億、二会94億、三会92億人の人々を成仏へといざない、この三回の説法に空海も天台大師も憧れて弥勒菩薩のいる兜率天に往生することを臨終の願いとしたそうです。

ではなぜ架空ともいえる仏や菩薩が経典に説かれたのかというと、インドに出現した釈尊は法界の真理と生命の根源を説き明かすために生命に備わる働きや仏の徳を具象的(ぐしょうてき)・擬人的(ぎじんてき)に仏・菩薩の名を付けて表現されたのです。
たとえば智慧(ちえ)を文殊菩薩もんじゅぼさつ)、慈悲を弥勒菩薩(みろくぼさつ)、病を防ぎ、癒(い)やす働きを薬師如来・薬王菩薩、美しい声を妙音菩薩というように、それぞれに名を付けられました(日蓮正宗・現実に神や仏がいるとは思わない)

こういう見解を日蓮正宗ではしているのですが、弥勒菩薩って日蓮さんの曼荼羅中に幾つも勧請されていますよね、上行菩薩も架空の菩薩、多宝如来も架空の仏となりますと、ここでまた弥勒菩薩も加わり、どんだけ本尊中に架空ばかり信者に拝ましているのか?となりますが、以下は架空の菩薩の文言史蹟ってことになりますが、良いのですかね?

★「或は我が生身の本尊たる大講堂の教主釈尊をやきはらい、或は生身の弥勒菩薩をほろぼす。」(法門申さるべき様の事)
★「弥勒菩薩は兜率の内院にして五十六億七千万歳を待ちたまふ。」(上行菩薩結要付嘱口伝)
★「寿量品の初めの三誡四請、弥勒菩薩領解の文に「仏希有の法を説きたまふ。昔より今だ曽て聞かざる所なり」等の文是なり。」(法華真言勝劣事)
★「御義口伝に云はく、経文は弥勒菩薩なり。然りと雖も滅後を本とする故に日本国の一切衆生なり。中にも日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱へ奉る者是なり。弥勒とは末法法華の行者の事なり。」(就註法華経口伝)

最後の御義口伝は「弥勒とは末法法華の行者の事」となっていますけど、此れも架空となって、あちらもこちらもズタボロですね。