正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:語句変換【因果の理法2】

因果の理法とは一因一果であると思いこんでいるのが大石寺信仰圏の人々ですが、坊さんや幹部はホントのことは知らないし教えられないので、掲示板やブログで今でもおバカなことを書いている人が多いですね。

◎等流因等流果(とうるいんとうるか)
・因果関係が直接的でわかりやすい

例えば→仕事を頑張ったら、給料が上がった。人に親切にしているから、周りから愛された。 お金を盗んだから、逮捕された。 飲酒運転をして、交通事故を起こした。
これらの事は非常に因果関係が明白な事で、世間でもよく認知されている 言葉に自業自得、因果応報、バチが当たるなどといいます。

◎異熟因異熟果(いじゅくいんいじゅくか)
・関係が複雑で一つの因で割り切れない因果関係なこと。 基本は善因楽果、悪因苦果、自因自果(因果応報) ですが。
過去の色々な因(種)を多く蒔いてから過去・現在・未来へと熟して、さらに果報を得るまでに多くの縁を得てようやく結果が出る、つまりタイムラグがある。


この2つの因果関係を捉えると
・世の中で理解されている因果関係という 、「等流果等流果」止まりで、
「異熟因異熟果」までは理解されることはない。

 大石寺の人たちは等流因等流果を因果の理法と思い込んでいるが、実は異熟因・異熟果の他にも因是善悪(いんぜぜんあく)・果是無記(かぜむき)という因と結果の伴わない物もあったりする。それらは善悪を受ける人の業感やそれに伴う六道輪廻(ろくどうりんね)を説明するのが異熟の法義で、この異熟の関係を因・果においていうとき、因を<異熟因>といい,果を<異熟果>というんですが、これら全部の語句変換は大石寺では御本尊に背く背かない、で変換するようですw