正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:語句変換【爾前経】

日蓮の教えの爾前経というのは題目を立てれば全て活用の経典だそうです。つまり法華経の眼目である題目と本尊が現れれば、いったんは否定したが、その高みから証明のために使われる経典群になるという、いい加減な法義です。

絶待妙と申すは開会の法門にて候なり。此の時は爾前権教とて嫌ひ捨てらる所の教を皆法華の大海におさめ入るゝなり。随って法華の大海に入りぬれば爾前の権教とて嫌はるゝ者無きなり。皆法華の大海の不可思議の徳として、南無妙法蓮華経と云ふ一味にたゝきなしつる間、念仏・戒・真言・禅とて別の名言を呼び出だすべき道理曾(かつ)て無きなり」(諸宗問答抄)

 こういう事言われると、あぁそうか。と信者は納得するようですね。開三顕一とかいう天台宗の解釈法を用いて爾前方便の三乗法を開いて、真実の一仏乗を顕わし、三乗即一乗を明かしながら一切の爾前経は、三乗の機根を調えるために設けられた方便であり、法華経の一仏乗から開き説かれた教法なのだと言うのです。

つまり爾前経も脳内変換で、法華一乗の証明のための経典だという根拠は、天台さんの五時八教なんですが、この教判は天台宗の内側だけで通用する教義で、外に向かって言うと、それ自体の信憑性を問われます。参考にココをリンク

大石寺はこの教相判釈の客観証明が出来ない事を知っているのに、日蓮正宗内でしか通用しない限定的な教義を外でも通用する真理だと信者は思い込まされていますので、トラブルが絶えません。

いまでは五時八教の通りに経典が説かれたなんて事言う人は正宗信者だけですが、そこを改定すると正宗の教義体系が瓦解するので、坊さんは手付かずのまま強弁しているようですね。要するに時代遅れの教義なんです。

で、爾前経と出れば法華最勝と脳内変換して、歴史的事実や大乗経典の出現過程は一切デリートされてしまいます。