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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:語句変換【折伏】

大石寺では現在も無差別勧誘、いわゆる折伏が行われていますが、最近は成果の方はあまり芳しくないようです。それでも坊さんにケツを叩かれて地縁血縁の人の所に偏狭な話で行く人がまだいるようです。

ご参会皆様の中で、この御指南の「いまだ誓願を達成されていない支部」の方は、いらっしやいますでしょうか。その方は、お帰りになりましたならば、本年残りのひと月余、本日の御大会参詣の功徳をもって勇猛果敢に折伏を実践され、必ず本年度の折伏誓願を達成いたされますようお願いを申し上げます。(折伏と育成は御命題達成の要・常在寺住職 阿部信彰・大白法平成28年12月1日(946)号)

こういう話をされては居場所のない人も多いらしく寺も閑古鳥が鳴くようで、盛んに寺参詣を訴えているようですが、笛吹けども踊らない人が増えているようです。

「然しかるに在家の御身は、但ただ余念なく南無妙法蓮華経と御唱へありて、僧をも供養し給たまふが肝心にて候なり。それも経文の如くならば随力演説も有るべきか」(松野殿御返事)

「未だ広宣流布せざる間は身命を捨てゝ随力弘通を致すべき事」(日興遺誡置文)

 この2つ見れば、坊さんが積極的に社会に出て布教せよと残していますね。坊さんは信者の後ろにいて号令かけろとは読めません。日興遺誡置文は坊さんの為の訓戒を残したものらしいですから、信者は関係ないですね。

ところが現在ではこれらは全て信者が為すべき修行になってしまい、「法華折伏破権門理」は、在家の為の要文になるようです、ということで遺文に「折伏と出てきたら「日々歓喜のお題目を唱え、一人ひとりが日蓮大聖人の正法正義を深く信じて、随力弘通の折伏を実践して参りましょう。」と、僧侶は欄外の変換文字になるようです。