正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:語句変換【聖僧】

正宗の僧侶は、現在では妻帯していて私有財産も認められ、しかも引退した後は年金まで保証されている坊さんは、ほぼ一般企業の社員(それ以上か?)並の待遇で大人しくヒラメ状態であれば、一生保証の食いっぱぐれのない職業です。

一、先師の如く予が化儀も聖僧為る可し、但し時の貫首或は習学の仁に於ては設い一旦の媱犯有りと雖も衆徒に差置く可き事。
右の条目大略此くの如し、万年救護の為に二十六箇条を置く後代の学侶敢て疑惑を生ずる事勿れ、此の内一箇条に於ても犯す者は日興が末流に有る可からず、仍つて定むる所の条条件の如し。(日興遺誡置文)

★現代文:先師の如く予(日興のこと)が化儀も聖僧であるけれども、時の貫首は、たとえば、習学の仁が一端の心得違いで僧の道に違反しても、直ぐに破門するのではなく、そのまま衆徒に差置いてしばらく様子をみること。

こういう文章に対しては日蓮在世や日興在世にも妻帯僧はいたと強弁なさるのですが、そういう人が貫首なり、高僧になった歴史はないんですけどね。

さてこの衆徒ですが、仏教全般に置いては、一般的に学僧よりも下位に位置し、堂衆(どうしゅ/どうしゅう)とも呼ばれており「堂衆」とは、天台宗教団での『下級の僧』で、寺院の諸堂に分属して雑役に従事した者のこととされています。

明治以降大石寺貫首さんは妻帯僧やら金銭問題で問題起こした人が就いたりしていますけど、いまでも住職のハレンチ事件は後を絶たずに、在家並のなんちゃって僧侶でも高位の座に行けることになっています。

ということで、いまでは聖僧という文字が出たら、即脳内変換で在家の姿を敢えて慈悲を持って信者の信心を試されている仏さんからの使いの人、とむりくりの変換をするようです。