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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

神社は不拝の対象なのか【4】

新年からの記事「神社は不拝の対象なのか」の1〜3でほぼ理解できた方は多いと思います。今の正宗の神社謗法論は無理があるのです、当時の御家人の感覚で自分が委任された領地の仏閣や神社の補修保全を怠れば、神官や別当からの訴えで幕府から一族の経済的基盤である領地を召し上げされる理由をわざわざやるでしょうか?

「上野殿」で有名な南条時光も富士山・浅間大社に寄進していますが日興は不問。その一方で新興宗教であった日蓮法華信者ということで鎌倉の南條一族からは富士方面の南条は咎められています。

南条が寄進した記録は「富士御室浅間神社文書」、つまり浅間神社の社書に記録があるそうです。さてそこで波木井実長の四箇の謗法ですが。

① 釈迦如来仏像の造立。

② 箱根・伊豆山の両権現と三島明神への参詣。

③ 南部の郷内の念仏福士の塔の供養。

④ 九品念仏の道場建立。

 一番は四条金吾も千葉方面の富木常忍氏も造仏に日蓮からは咎めなどなく、むしろ本門の本尊だと誉められています。

二番目はいままで検証してきたように御家人であれば、修復造営は公務で、参詣したという言い方は公務を執行していた可能性が高いです。

三番目も四番目も御家人としての仕事の範疇であれば、問題はないはずです。それなのに謗法であると身延を離れた理由となれば日興の方に何か確執があったと思われます。師匠の日蓮御家人としての公務は停止させていないのですから。

矛盾点はもう一つ「白蓮弟子分与申御筆御本尊目録事」(正本現存)では民部日向に乗り換えた実長を日興は最期まで実長を「日興第一の弟子」と記し、「背き畢んぬ」とはしていません。これも怪異です。