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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

神社は不拝の対象なのか【5】

ここまで資料を見てきましたが、地頭であれば御成敗式目の規則により神社に関係することはスルーできない公務であることは確認しました、ということは日興が書したといわれる「富士一跡門徒存知事」の身延方面の地頭である波木井実長の四箇の謗法の根拠は、かなり怪しいということになってきます。しかも自分が教化している南条も同じ地頭で神社に関係しているのですから、もし咎めがあれば片手落ちです。

「恒例行事の祭祀を衰退させるな(盛んにせよ)。神への供物を怠るな。関東(鎌倉幕府の領域)の地頭や荘園の者達は、この趣旨をしっかりと心得て精勤せよ。
少しの傷みはその都度修繕せよ。酷い傷み・破壊は詳細を届ければ状況に従い公的支援する」(御成敗式目・別名貞永式目

南条家も地元で神社の祭りや仏閣修理に従事してたことは先の記事で確認しましたので、こちらは容認で波木井実長はダメというのは合点が行きません。

しかも日蓮は身延在山のおりに信者が訪問に来ましたが、その時にこんな遺文を残しています。

「又うつぶさ(内房)の御事は御としよ(年寄)らせ給ひて御わたりありし、いた(痛)わしくをも(思)ひまいらせ候ひしかども、うぢがみ(氏神)へまい(参)りてあるつ(次)いでと候ひしかば、げざん(見参)に入るならば定めてつみ(罪)ふかヽるべし。其の故は神は所従なり、法華経は主君なり。所従のついでに主君へのげざん(見参)は世間にもをそれ(恐れ)候。其の上(うえ)尼の御身(おんみ)になり給ひてはまづ仏をさきとすべし。」(三沢抄・建治四年)

この赤文字の太いところを見れば、順序の問題だけで仏への参詣が先であれば神社の参拝は問題ないという理屈も成立します。その証拠に「まづ仏をさきとすべし」と書いてますから、先であればその後で参拝もいいんでしょう。