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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

神社は不拝の対象なのか【8】

いつもこちらの記事を好意的に紹介してくださっている「星界の道」のブログで興味深い大石寺の古くからの総代さんの神社参拝の実態が紹介されていました。

B 口では「謗法厳誡」と言いながら、大石寺の檀家総代の謗法を、いまだに放置、容認し続けている事実が象徴的だ。

C 檀徒の中でもトップの総本山・大石寺の「檀家総代」が、富士宮市内の神社「曽我八幡宮」の氏子総代を兼務していた。この衝撃の事実を、2013年(平成25年)1月に本紙が報じた。

B その後も、宮司と並座して神体に平伏、神社に寄付、地域住民に「神札」の購入を奨励等々、数々の大謗法の実態が明るみになった。

C 発覚から9ヵ月も経った13 年11月、御用機関紙「慧妙」で、「総本山として『謗法を放置』したり『黙認』していたわけではない」などと言い逃れ記事を載せたが、これが笑止千万。全く無意味だった。

D そう。その13年にも「神札」の購入を求める書面に名を連ね、一昨年、昨年には、他の神社の祭礼に参拝・拝礼をしている。

B 日如は、その大謗法の総代と、大石寺の行事で同座している。謗法与同、謗法同座以外の何ものでもない。(星界の道・2017年1月6日の記事)

呆れるのは新参の信者には謗法厳誡として神社詣などは、功徳を消す、罪障を積むと言いながら、古参の信者はどうも野放し状態のようです。

これは、法主よりも古くからの実態を知っている信者にいまさら行ってはいけないと言えない事情があるんでしょうけど、こういう新参と古参の信仰ねじれ現象は、大石寺が大昔から神社参詣などは禁止していなかった証明ですね。

ということで正宗信仰も建前と実質の二重構造を見てみると、ちっとも吹聴する清流のようなことは無いと断言出来ますよw。