正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:パクリ

大石寺には勅使門(不開門ともいう)というのがあって、広宣流布の時に大石寺天皇家からの使いの方が見えた際に開けられる門となっています。大石寺の勅使門は享保2年(1717年)に不開門を再建とあるのですが、その前は何時の頃に出来たのか不明です。

勅使は天皇の代理としての資格を以って宣旨を伝達することから、勅使を迎える者が、たとえ官位において勅使よりも上位であったとしても、天皇への臣礼同様、敬意を払うこととされた。主に鎌倉幕府成立以降、勅使は将軍宣下や勅令の伝達を主として担った。江戸幕府では勅使下向に際し、外様大名のなかから勅使や院使の饗応役を任じてこれを接遇した。

寺院ではこの勅使を受け入れる施設や宿場、寺社には勅使専用の部屋や門を造られ、現在でも勅使の間、勅使門として残されているところがある。(勅使と勅使門)

法華講員は世の中の寺にそういうのがゴマンと有ることを知らないので、なるほど格式の有る寺なんだと、勝手に思い込むようですが、門跡寺院であれば勅使門などはたくさんあって、古くは真言宗東寺延暦寺などにも勅使門は大石寺より立派なものが残されています。(ちなみに下は東寺の勅使門)

 

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かなり重厚で大石寺の門と比較してみてください、さらにざっと見ただけでもこれだけの名刹寺院が勅使門を持っています。

永平寺勅使門、妙興寺勅使門、東寺勅使門、東本願寺勅使門、天龍寺勅使門
仁和寺勅使門、大徳寺勅使門、宇佐神宮勅使門、円覚寺勅使門等々。

大石寺の勅使門は客殿前にそっと置かれているらしいですが、形式的にあるだけで憲法上も象徴となった天皇家のお使いの人が来るとは思えませんので、ずっと開かないままでしょう。