正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:特殊例でない半眼半口

今までで、一般人も含めて大石寺が主張する半眼半口例は決してその教団だけに見られる特殊事項ではないことが理解できると思いますけど、今度はまた葬儀社のブログからその一例を引用します。

亡くなられた方は84歳の御婦人で、ごく普通の主婦として一生を平穏に送られ方で、また喪主を勤められた御子息も一般的なサラリーマンであり、どちらも特別な地位や名誉があったわけではない。葬儀もどちらかといえば簡素で、参列者も100人程度だっただろうか。では参列者は何に感動したのか?参列者の多くが口を揃えて言っていたのは、「なんて素晴らしいお顔なんでしょう!」ということだった。つまり故人の「死相」である。
それは見るからに満足したような穏やかなお顔で、筆者も見せていただいたが、よく言われる「まるで生きているような」という言葉がまさにぴったりだった。仏教では成仏の相を表して「半眼半口」というが、軽く目を閉じて口元が微笑んでいるような表情はそのとおりの相で、その御婦人の幸せな半生を如実に物語っているような気がした。その素晴らしい成仏の相に参列者が感動し、故人の幸せな人生を回想することで遺族の皆様も含めたみんなが満足したのである。このささやかだが感動的な葬儀は、「葬儀における満足とは何か?」という問いに対して、ひとつの明確な答えを示しているような気がする。(葬儀における「満足」とは?・葬送ルネッサンス

この会社は別に大石寺系専門ではなく、属性を問わない普通の葬祭会社のようです。多くの件数をこなしているなかでこうした例があったという事を書き綴っておられるので、信仰や折伏や一定の所に行かないと成仏は得られないとする大石寺の主張に沿わなくともちゃんと、こうした例があることが理解できると思いますね。