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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:布施とは言わず御供養

日蓮正宗では、信者からの金品の供出は、お布施と言わずに全て御供養と統一されているそうです。

釈迦の仏教では個人にするよりも教団に布施する徳が高いとされるのですが、この教団では一元的に本尊という文字曼荼羅に対してするようです。

◎無地の白封筒の表に御供養と書き、下に願主であるあなたのお名前をお書きになれば良いでしょう。
御供養は下種三宝尊に対し奉りお供え申し上げるものなので日蓮正宗ではお布施とは書きません。(法華講員ブログ)

◎御供養にしても「どのくらいしたらいいですか」という方がよくおられます。
 御供養で大切なことは「どのくらい」でなく、「どのような志を持ってさせていただくか」ということなのです。


御本尊様との取引とか見返りを求めてするものではありません。
御供養する金品の量や、大きさに関係なく、あくまでも純粋な「志」が大事なのです。
日蓮正宗における御供養は、戒壇の大御本尊様にする御供養、仏様にする御供養です。
世間では「お布施」と言いますが、正宗では「お布施」とは言いません。
 
それは、例えお寺でお経をあげてもらったとしても、その住職にするのではなく、御本尊様にする「志」ですから「御供養」と書くのです。(慈本寺・御住職の法話)

このブログでも布施のことについてここで、触れていましたが、この宗派では本仏は日蓮さんですので、この人に信者の志は、集約されるようです。

で、如来への布施は大きいとされるのですけど、日蓮さんの場合、誰もその悟りを認めた人はいないし、酒が大好きで他宗への怒りは凄まじいものがあり。晩年は体調不良と金欠病で予言が当たった、と蒙古の来襲が駆逐されているのにそれに固執してヨタ遺文を残しています。

死しては身延山久遠寺で六老僧の一人・民部日向氏に化けて出たようで、慰霊のためにこんな位牌本尊残されています。

ということは普通にみても「戒を守らない在家」くらいの扱いが相当だと思いますけどね。これでは功徳はなくはないですが、そうとう頑張らないと積めませんね。