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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:祖師さんの悟達

日蓮さんの悟りって、誰か師匠に裏付けられたものではなく、経典読んで自己申告であることが遺文で確認されます。

◎されば仏の遺言を信ずるならば、専ら法華経を明鏡として、一切経の心をば、しるべきか。(報恩抄・建治2年・真蹟池上本門寺身延山曾存)

◎「教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり」(南条殿御返事・弘安四年・真蹟無し)

◎「此の三大秘法は二千余年の当初、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決せし相承なり」(三大秘法禀承事・真蹟無し/偽書?)

◎御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云。(御義口伝 寿量品廿七箇の大事・真蹟無し)

◎問う名字を聞かずんば何を以て勝法有りと知ることを得んや、答う天台己証の法とは是なり、当世の学者は血脈相承を習い失う故に之を知らざるなり故に相構え相構えて秘す可く秘す可き法門なり、然りと雖も汝が志神妙なれば其の名を出すなり一言の法是なり伝教大師の一心三観一言に伝うと書き給う是なり(立正観抄・文永十一年・写本日進)

こうして自分が悟ったんだと自己申告の遺文を並べると怪しい偽書系ばかりで、唯一真蹟の有る報恩抄で経典読んで心を知った、という箇所ですね。普通こういう悟りを経巻相承って言いますが、お祖師さんがこうなのに大石寺では末弟が経巻相承で悟る伝授は否定しています。

あくまでも面授口決・師子相承がなければ天魔だというのですが、開祖さんだけは面授口決の師匠は時空を超えたお釈迦さんで、なぜかココは特別扱いだそうです。

それにしても大日如来の根源の如来は父母は誰か、と日蓮遺文では詰問してますが、大石寺設定の久遠元初の仏さんにはそういう問いは無いから困っちまいますよね。