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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:一闡提ってもしかして

日蓮系でも正宗は特殊な理論を立てています。いわゆる日蓮本仏論ですが、これは他の五老僧の教義にないもので、彼らはこれを日蓮以来の伝法の次第だといいますが、先に見たように一闡提とは大乗門内・異流儀の蔑称であることから勘案しますと、大石寺って異流儀の最たるものじゃないですかね。

癡人が疑って云はく、我等は南天を見て東西北の三空を見ず。彼の三方の空に此の日輪より外の別の日やましますらん。山を隔(へだ)て煙の立つを見て、火を見ざれば煙は一定なれども火にてやなかるらん。かくのごとくいはん者は一闡提(いっせんだい)の人としるべし。生き盲にことならず。(報恩抄) 

祖師である日蓮さんも使い方は中国経由の間違い使用法なんですが、それが正宗内では定着してしまったようで以下のような一闡提の解釈については解説がつきます。

一闡提=仏の正法を信ぜず、誹謗をし、また、誹謗の重罪を悔い改めない不信、謗法の者のこと。(中略)今、末法においては、日蓮大聖人からの正統・正系の仏法相伝である日蓮正宗を信ぜず、誹謗をし、正統な御本尊を拝めない者。堕地獄の衆をさす。

まさに生き盲である。→つまり、道理が全く見えない者との意。(某有名法華講員サイト)

まさか戒律の律の部分の財産や午後からの飲食等を認めろと言った大衆部(後の大乗)が大乗圏内でも新義を唱えて異流儀となりながら、寺の中で在家信者から供養を受けるものを指していったことは知らないで、日蓮正宗を信ぜず、誹謗をし、正統な御本尊を拝めない者。堕地獄の衆の事といいながら釈迦は用済みで日蓮こそが本仏などという新義を立てた自分達こそが一闡提に当たっているとは夢にも知らないでしょうねw。