正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:日蓮思想=中華

先祖供養という特殊な仏教様式は中国で取り入れられたいわば混入です。インドから「仏教」という外来宗教が中国に入ってきた際、中国人は在来思想であった儒教仏教をブレンドして、仏教教理の根幹までも変えてしまいました。

これを方便とか随方毘尼とか言って誤魔化していますが、その結果、霊界にいる先祖の霊や死霊を中心とする仏教ができ上がることになりました。中国に根強い「先祖崇拝」という儒教シャーマニズム文化は、道徳として日本に入ってきましたが実は「儒教」という中国で確立された宗教の存在が大きな影響力を持っています。

古代、最初に「原儒」たちがいた。死という不可解な現象を説明しようとした者たちだ。かれらはシャーマンだった。巫祝だった。広く「儒」といわれたのは、この原儒たちのことをいう。
 原儒は、人間の本性が死によって、精神の主宰する「魂」(こん)と、肉体の主宰する「魄」(はく)とに分離すると考えた。そのため、この「魂」と「魄」との分離をもう一度統合することができれば、生死の本来がまっとうすると考えた。ときに人間の本性が蘇ると考えた。
 そこで「尸」(し)をもうけて、ここに魂魄が寄り憑きやすいようにした。「尸」は形代(かたしろ)のことをいう。たいていは木の板でできていて、そこに死者の姓名や事績などを書く。この木の板は「神主」(しんしゅ)とか「木主」(ぼくしゅ)とよばれ、のちのち仏教にとりこまれて「位牌」(いはい)になった。
 こうした魂魄の統合のための儀礼を司っていたのが、原儒なのである。その儀礼を一言でいえば「招魂再生」というものだ。
 ただし原儒は、職能的シャーマンであったとはいえ、自分で何もかもを取り仕切るのではなかった。古代中国では、こうした招魂儀礼は各一族や各家族こそがとりおこなうべきものだとされていた。つまり儒の思想は、そのルーツにおいては、社会の単位である血族の系譜に強く結びつくものだった。つまりは「家」のための宗教だったのである。招魂再生は各自の「家」のためにおこなわれるべきものなのだ。原儒はそれを扶助する役割だった。(加地伸行氏・儒教とは何かから抜粋)

察しのいい人は赤文字で気がつくでしょうね、魂魄というキーワード、位牌とか戒名にあたる死者の別称は招魂儀礼のシンボルなんですね。

「明鏡の経文を出だして、当世の禅・律・念仏者、並びに諸檀那の謗法をしらしめん。日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頚はねられぬ。此は魂魄佐土の国にいたりて、返る年の二月雪中にしるして、有縁の弟子へをくれば、をそろしくてをそろしからず。みん人、いかにをぢぬらむ。此は釈迦・多宝・十方の諸仏の未来日本国、当世をうつし給ふ明鏡なり。かたみともみるべし。」(開目抄)

だいたい仏教に魂魄などという肉体とそれに伴う魂という考えはありません。仏教は徹底無我を説いているのですが、日蓮さんは儒教思想が痛くお気に入りで何が仏教なのか理解せず、外道とコラボされた考え=仏教と思ってたようです。

つまり七代栄えるとかいう思想も儒教ならではの先祖の魂が天上から帰ってきて子孫が繁栄している家に辿り着く、その依代が戒名に当たる位牌や墓です。

「よく考えてみればわかることなのですが、仏教は輪廻転生が基本ですから、故人の特定の魂が、例えばヤマトタケルならヤマトタケルが、そのままのかたちでずっと残っているはずがないのです。魂は、輪廻転生によって生まれ変わっているからです。
 ところが古代中国には、人間の魂は死んだあとも不滅で、しかも、その人間の個性が失われないまま残るという信仰がありました。輪廻転生も魂は不滅だというのは同じですが、虫や魚などの他の生き物になることもあれば、全く別の人間になってしまうこともあります。そしてその際、前世の記憶をなくしてしまうのが普通です」(井沢元彦氏「神道仏教儒教」)

正宗の信者さんは仏教非ざるものを有り難いと思って、春と夏やお盆に一生懸命塔婆供養とか勧奨されてせっせと坊さんの生活費を工面してるんですよw。