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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:殺人犯でも成仏

正宗の信仰の真骨頂は十悪(殺生、偸盗、邪淫、妄語、綺語、両舌、悪口、貪欲、瞋恚、愚癡)を犯した人でもこの板本尊を拝んで信じれば成仏可能だそうですw。

過去世に於ける様々な罪(五逆罪・十悪)で形成された悪業は正法の功徳力により消し去ることが可能です。また、現世に於ける悪事(人殺しも含む煩悩によって犯した世間的な罪など)で形成された悪業もこの正法によって消滅することが可能です。もちろん、だからといって現世に於いて悪事を働けばそれ相応の処罰を受けなければならないですし、犯してよい訳ではありません。しかし正法に帰依するならばそれほどの重い罪で作った罪障(悪業)も消し去るだけの力はあるということなのです。(正宗信者ブログ)

こういうこと言いながら、仏教は因果の理法とかいうのでオカシイ頭になるのですが、上のドヤ顔記事は善因楽果・悪因苦果を完全否定しているのに気が付かないようですね。

しかも赤文字の殺生を行えば必ず報いとして死後に地獄・不幸な境涯に生まれる。人間に生まれたら短命で病弱な身の上になるのですけど、それらを否定して殺生の罪障が消えるとか・・・。

パーリ語のダンマパタ(真理の言葉)には、

67 もしも或る行為をなしたのちに、それを後悔して、顔に涙を流して泣きながら、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善くない。

68 もしも或る行為をなしたのちに、それを後悔しないで、嬉しく喜んで、その報いを受けるならば、その行為をしたことは善い。

と、あるように、苦を招く行為が悪であり、楽を招く行為が善であるとされている。
これを因と果の関係に置いた表現が、悪因苦果であり善因楽果である。

だから大石寺系の信者さんは、脱法行為でも平気で仏法が世間法の上を行くと無知をさらけ出してるんですね、でもそれって単なる犯罪者の理屈なんですけどね。まぁ、開祖さんが武器を蓄えて仏法護るためとか、そういう人だったから仕方ないといえば仕方ないですねw。