正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:祖師以来の無戒状態

イスラム教・ユダヤ教キリスト教にも戒律があります、なかには?となるようなものも残されていますが、インドのゴータマブッダは戒定慧を守るように残しています。

この三学は戒を守ることで心が定まり、しかる後に感情や欲望に毒されない智慧の現出を期待するもので、戒定慧の最初である戒は仏教徒にとっては意味のあるものです。ところが日本で仏教といえば大乗仏教を指します。 

なぜ大乗仏教がインドから日本にまで伝わったのかというと、大乗仏教はインドの貴族・金持ちといったカーストの上位の階層に受け入れられたからです。古代の権力者たちには都合が良かったからです。(副島隆彦氏)

 その大乗仏教(北伝仏教)と南伝仏教の大きな差は以下の2つに要約してもいいと思います。

・釈迦仏教は自己内観により自らの苦を解決して涅槃(ねはん)に辿り着く
大乗仏教は菩薩やフィクションの仏などの未知、不可思議なる力を信じることで外在の力で救われるという教え

日蓮さんの殺人しても信心があれば救われるという思想は罪が有っても自力ではなく不可思議なチカラで救われるという他力信仰の極みです。

「大小流布の国に生れて一向に小乗の法を学して身を治め大乗に遷らざるは是れ謗法なり」(十法界明因果抄)

「亦華厳・方等・般若等の諸大乗経を習える人も諸経と法華経と等同の思を作し人をして等同の義を学ばしめ法華経に遷らざるは是れ謗法なり」(十法界明因果抄)

「涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せんは是れ我が弟子真の声聞なり」云云、(中略)法華経の敵を見ながら置いてせめ(責め)ずんば師檀ともに無間地獄は疑いなかるべし、(中略)謗法を責めずして成仏を願はば火の中に水を求め水の中に火を尋ぬるが如くなるべしはかなし・はかなし、何に法華経を信じ給うとも謗法あらば必ず地獄にをつべし」(曾谷殿御返事)

法華経という経典信仰を人生の全てに先行させることが過去の罪障を消滅させて成仏可能な方法論で、法華経を護る為なら殺人も、嘘も、邪淫も、盗みも、飲酒も全て許される、これに違背することが謗法=堕獄というカルト信仰が日蓮信仰のキモでしょうね。