正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

大石寺文化考:敬語を重ねて重ねてバカにしてる?

ネットで大石寺信者のブログやサイト見ていると仏性は平等といいながら、差別面を強調している表現が目につきます。

信仰の面では僧も俗もないというのですが、それを信じるとこういう教化文章をかざして脅されます。

「貴賤道俗(きせんどうぞく)の差別なく信心の人は妙法蓮華経なる故に何れも同等なり、然(しか)れども竹に上下の節の有るがごとく、其の位をば乱せず僧俗の礼儀有るべきか」(大石寺九世日有・化儀抄)

僧も俗も同じく妙法蓮華経の信心によって成仏を志していく故に、基本的には同等・平等ですが、竹に上下の節があるように、その位を乱すことのなきよう、僧俗の礼儀の必要なことを説かれています。(正宗寺院サイト)

 その位ってよく分からないんですが、嫁も貰って蓄財もして在家と変わらないし、日蓮・日興以来、延暦寺東大寺の具足戒を受けた事実もない宗派の出家って在家と同じじゃ無いんですかね。いわゆる聖って身分ですよね。

こんな後ろ暗い事実を隠して、信者が坊さん呼ぶときは以下のようです。

日蓮正宗では信仰の根本の師を「本師」と定め、その本師から御認めになられた御僧侶が各末寺に派遣され、私たち信徒はその派遣された方を直接の師(小師)として信仰していくのであります。ゆえに尊い僧侶を尊敬を込めて御尊師様とお呼びします。(質問サイト)

お釈迦さんの時代でもせいぜい尊師でしたのに、ご丁寧に「御」と「様」を付けてるって、これでは逆に褒め殺しじゃないのかな?

日蓮大聖人は御自身の滅後の為にたった一人のご僧侶に、その仏法の御悟りを相伝されました。ご存知でしょうが日興上人様です。
その日興上人様は日目上人、日目上人は日行上人と、たったお一人の御弟子にのみ、日蓮大聖人の仏法を代々伝えられ、現在法主上人猊下である第68世 日如上人猊下(にちにょしょうにんげいか)様へと受け継がれています。猊下日蓮正宗の代表者であり、日蓮正宗の仏法における三宝で非常に尊い存在です。 

法主上人猊下様・・今度は「御」を付けて更に「上人」にプラスして尊貴な人(天皇や国王)の敬称である「猊下」に。さらにさらにご丁寧に「様」まで付けています。

これ、普通の感覚では敬っていないでしょ、例えば部内で「御部長さま」なんていえば馬鹿にしてると思いますけど、カルト状態の信仰心では尊敬の上にも尊敬を重ねることが良いんだと思われているようです。

でも基本的には僧俗は同等・平等といいながら、明らか信者と区別してる坊さんのズレっぷりがおかしい教団ですねw。