正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

昨日に続いて殺ネタ系。

日蓮さんは女性信徒やちょっと物事にうとい信者には大ボラかます癖があります。これって今の大石寺も極小信者しかいないのに世界広宣流布とか似たようなもんです。

で、日蓮在世にいた千葉方面に光日房って後家尼の息子に弥四郎って若武者がいたんですけど、その人は元寇のせいで九州に派遣されて敢えなく討ち死にしたようです。

又御消息に云く人をも・ころしたり(殺したり)し者なればいかやうなる・ところにか生れて候らん・をほせ(仰せ)をかほり候はんと云云(光日房御書)

この尼さんが日蓮さんに武士など殺傷をするのが日常的な息子が元寇で幾人かを殺した挙句に自分も死んだのできっと来世は地獄でしょうね、と尋ねたようです。そんなこと似非坊主に分かるわけないのに、またここでも大ボラです。

人のをや(親)は悪人なれども子・善人なれば・をや(親)の罪ゆるす事あり、又子悪人なれども親善人なれば子の罪ゆるさるる事あり、されば故弥四郎殿は設い悪人なりともうめる(産める)母・釈迦仏の御宝前にして昼夜なげきとぶらは(嘆き弔わ)ば争か(いかでか)彼の人うかばざる(浮かばざる)べき、いかに・いわうや彼の人は法華経を信じたりしかば・をや(親)をみちびく(導く)身とぞ・なられて候らん。 
法華経を信ずる人はかまへて・かまへて法華経のかたき(敵)ををそれ(恐れ)させ給へ、念仏者と持斎と真言師と一切南無妙法蓮華経と申さざらん者をば、いかに法華経をよむ(読む)とも法華経のかたき(敵)としろしめす。(光日房御書)

【現代文】通説では人の親は悪人であっても子が善人であれば、親の罪を許すこともある。また子が悪人であっても、親が善人であれば、子の罪を許されることもある。さて、故弥四郎殿はたとえ悪人であっても、生みの母が釈迦仏の御宝前で昼夜にその罪をなげき・息子の回向をするならば、きっと弥四郎殿は地獄であっても成仏するでしょう。ましてや弥四郎殿は生前は法華経を信じていたのであるから、悪道へ堕ちるどころか、親に信仰を強く持たせて自らと親とを成仏へ導く身となったのでしょう。

かくの如く法華経を信じているならば、まず法華経の敵をハッキリさせなければいけません、それは念仏者と持斎と真言師です。題目を唱えない人は一切敵です、これらを責めることが法華経を読むということを言っておきます。

怖いですね、人の弱みに付け込んで洗脳していますね。殺傷の罪は必ず悪道に堕ちるという悪因苦果の因果の理法を無視して上記のような脱法を説いてるんですよね。

ということで、日蓮系にやたら暴力的や非道な人が多いのは、何やっても題目唱えていれば許されると思ってるんです。特に気をつけましょう、個人情報秘匿厳守の時代に、同窓会名簿やPTAの名簿使って折伏してくる非常識な大石寺信者の世渡り感覚。