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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

法華を下して、法華を尊ぶ?

末法の得脱法は題目と本尊以外にないと言うのが、大石寺の主張です。久遠以来の罪障を消せるのはあの板本尊に向かって題目上げることだといいますね。

お題目を唱えて修行している人には、この罪障消滅には転重軽受というおまけまでつけられているのです。重い過去の罪障を軽く受けて消滅していく。これほどの功徳・利益はありません。
日蓮大聖人は『太田入道殿御返事』(御書 九一一頁)にて、
 初め大乗仏教を誹謗した小乗の論師・世親菩薩(せしんぼさつ)が、のちに改心して大乗教に帰依したとき、兄の無著(むじゃく)菩薩から、罪を滅するためには「汝其の舌を以て大乗を讃歎せよ」と諭されたことが説かれています。
 さらに『光日房御書』に、
「小罪なれども懺悔せざれば悪道をまぬかれず。大逆なれども懺悔すれば罪きへぬ」(御書 九六二頁)
と仰せられています。
最も重いとされる正法誹謗の罪であっても、正法を受持し、心から懺悔して唱題・折伏を行ずるならば、消滅させることができるのです。
報恩抄に、
「極楽世界の修行は穢土(えど)の一日の功徳に及ばず」(御書 一〇三六頁)と、大聖人様はご指南されております。
極楽世界で修行することを欲する考えをやめて、五濁であふれ、悩みで苦しむ人々の世間にしっかりと立って、大聖人の教えを広め、大聖人の教えを職場で、家庭で、実践し、そのお手本を人々に見せて、共々に励み、生きていく道を歩みなさいということを教えておられます。悩み、苦しむ人々から、逃げてはいけないと仰せなのです。(正宗寺院サイトから引用)

でもおかしいですよね、法華経には板本尊拝めとか、題目上げろとか、極楽世界の阿弥陀は捨てよとか、ないんですけど。日蓮さんってここまで歪曲した解釈しながら、結局ハシゴ化した法華経大日如来阿弥陀如来と同じでお釈迦さんを下して、題目・板本尊第一なんて捏造しちゃダメでしょ。

赤文字の「罪障消滅には転重軽受」なんて、涅槃経の言葉ですが結経の観普賢菩薩行法経の懺悔法は何処に行ったんでしょうねw。