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正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

石にかじりつく大石くん。

いろんなネットの掲示板やブログで正宗信者が気を吐いて法華経は真実と言い続けていますが、もうバレネタの五時八教をあげて、相変わらず釈尊(しゃくそん)は、今から約3000年前、人々を救うため50年間にわたって説法し、その最後の8年間で出世の本懐(目的)である法華経を説かれました。(日蓮正宗公式HP)」などと、いまや何の根拠もないことを掲げています。

如来の金言なれば定めて真実にてこそ・あるらめと信ずる処に後八年の法華経の序分たる無量義経に仏・法華経を説かせ給はんために先づ四十余年の経経・並に年紀等を具に数へあげて未顕真実・乃至終不得成・無上菩提と若干の経経並に法門を唯一言に打ち消し給う(下山御消息・偽書濃厚)

この遺文なんですけど鎌倉時代でも法相宗とか南都の六宗系は薄々大乗仏教は騙りの経典と気がついてたんですけど、日蓮さんは表面はそうではないと強弁してたようです。(内心はおかしいと思ってた)

で、日蓮系でも大石寺以外や日本の大乗系の教団も、ココに至っては認めるものは認めようという姿勢のようです。サンプルをあげますと。

■しかしながら、「鳩摩羅什の訳した法華経は、現存するサンスクリット本とかなり相違があり、特に天台宗の重んじる方便品第二は羅什自身の教義で改変されている」という説がある。羅什が法華経摩訶般若波羅蜜経大智度論を重要視していたことを考えると、天台宗設立の契機は羅什にあるといえなくもない。(無量壽山・善福寺)

大乗仏教仏陀が直接説いた教えではなく,仏説とは言えない。このいわゆる大乗非仏説は,インドや中国において既に主張されており,日本でも近世の富永仲基などが論じていた。しかし林氏の今回の報告で強調されたのは,近代における大乗非仏説の,前近代におけるそれとの質的な相違である。近代における大乗非仏説のポイントは,西洋で誕生した近代文明・学術の一種である近代仏教学の成果としてそれが普及したという点にある。(龍谷大学アジア仏教文化研究センター)

■経典のもつ権威という考えは、もはや筋が通りませんので、宗教の歴史の中で、嘗て、生き生きとし、人々を感動させ、向上させる力があった思想は、宗教意識の究極の事として別の方法を打ち立てなければなりません。キリスト教でも仏教でも、魂の奥での体験に合い、本当に人々がこの限りある世の枷(かせ)を打ち破るのを助け、命と光に満ちた未来の姿を開く限り、経典は、神聖な啓示です。(中略)浄土教は、前にも述べたとおり、普通正規の信者らのようにお経のもつ権威や特別な啓示があるからではなく、宗教意識の点から解釈すべきです。(親蓮坊通信・信心の象徴する仕組み)

■現在、近代の西洋に端を発した文献学としての仏教学において、まさに富永仲基が主張したとおり、大乗は仏陀の教えなどでなく、後代に様々な思想が混入して形成されたものであることは定説となっています。仏教学からすると、「純粋な仏陀の教え」を今に伝えるものは、パーリ語で伝えられてきたいわゆるパーリ三蔵か漢語で伝えられた『阿含経』です。(真言宗泉涌寺派大本山 法楽寺HP)

これらは一部ですけど、我が宗にこそ宗祖の口伝が伝わっているというお伽話を下げられなくて未だに挙げていますが、もはや歴代法主も暗に認めてるのに信者向けにはそれは言えないようですね。