正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

かつては大石寺もこうでした。

大石寺でもその昔には明治以降の仏教学の興隆によって大乗非仏説を認めてた発言があります。

「聖祖も天台も羅什訳法華経を唯一無二のものと頼まるるは外用の化他の辺にある」とあり、法華経ですら聖人から見れば「外用の化他の辺にある」シロモノなのです。(福重昭平・日蓮本仏論

この人は昭和の初期にこういう発言ですが、高僧で無かった人でもこういう発言だったのです。続いて歴代の一人の五十九世・堀日亨氏です。

◎「仏道修行の頭の進んだ者は観念仏教となってしまって実行できなくなってしまった。器用な者は信仰仏教となった。大乗非仏説は実際であったろうが、宗祖は旧仏教を壊さずして新しく仏教を興すために本因仏教を唱えられたのである。(堀日亨・昭和二十二年十月四日から六日・品川妙光寺の講話から

さらに六十六世の細井日達氏の大乗非仏説肯定の発言文書です。

最近、大乗非仏説だから法華経の予証など釈尊と関係ない等と、自分で考えていたかのような如き事をいったり、或いは天台の五時八教だとか一念三千の法門は、天台の勝手の説だとか、或いは法華経を読んでも少しも有難いところがない、法華経には、今法を説くぞ、説くぞというだけで真実に法を説いてはいない等という人があります。
大乗非仏説だなどと、いう事は今始まった事ではない。こんな言葉に動揺されている人は大聖人の弟子でもなければ信者でもない。
方便品にも罪根深重の五千人は増上慢のゆえに法華経の法座から退座しております。このような不信の者や、今日の大乗非仏説者等の、法華誹謗の者を本未有善の者というのであって、大聖人の仏法、南無妙法蓮華経をもって成仏せしめなければならないのです。

大聖人は大乗非仏説などはご承知の上で法を説かれているのであります。
例えば、華厳経釈尊の説にあらず、法慧、功徳林、金剛憧、金剛蔵等の四菩薩の説であると明らかに仰せになっています。小乗教にしろ、大乗経にしろ、仏教経典は釈尊が直接説かれたもので無いことは明らかであります。

今日の仏教経典の一言一句まで釈尊の説であると考えられないことは当然であります。(中略)法華経の経文全部一字も、もれなく仏の説でないというのは当然である。細井日達・大日蓮・第三百二号)

 こうして歴代法主までが大乗経典は非仏説であることを認めているのに、ネットの法華講員はまだガンとして仏説だとDVDまで出している人がいますけど、それって法主違背じゃないのかなw?