正宗系観察日記

ウザい折伏を逆に伏せる(逆伏)ためのデータ記録

ということは文字曼荼羅って

これまでで、日蓮正宗の経典登場の仏菩薩は架空であると確認しました、日蓮の見解としては実仏であっても、正宗では仏菩薩や諸神も働きとしての象徴で、何ら裏付けはないということです。

で、中央の妙法蓮華経ですが、これも悩ましい問題を抱えています。鳩摩羅什の翻訳は日蓮さんがどう評価しようと、梵本とはかなり違うという事実が存在します。

◎訳出した鳩摩羅什仏教的な立場

逐語訳ではなく意訳をするとき、訳者の思想信条というものが訳文に混入することは十分考えられる。鳩摩羅什が意訳をしたとすれば、鳩摩羅什仏教的な立場は何かということが問題になる。それは何であろう。
 鳩摩羅什中観派に属する。インドの龍樹(150-250頃)の一切皆空(すべては空)という空仏教の立場の訳者であり、その思想は「般若経経典群」をよりどころとしている。

 般若経に基づいた信仰をしている訳者が、一切経のなかで法華経が最勝と主張する法華経を意訳したということである。そのことから、法華経翻訳に何らかの影響が出ても不思議ではあるまい。梵本法華経と羅什訳『妙法蓮華経』との差異を考えるときには、そのことを考えなくてはならない。(梵本法華経と妙法蓮華経の違いについて

 日蓮さんは般若経典類は爾前経ということで、否定の立場ですし「空」そのものも龍樹の思想よりは久遠の釈迦や寂光土設定など、個性としての我は「実有」に近い発想です、いや諸々の本質は無我=空ではなく、有我=実有であるという教義ですね。

それが中央の妙法蓮華経の意味につながっていきますけど、これも植木雅俊氏は梵品の翻訳を施すとサッダルマ・プンタリカ・スートラ→妙法蓮華経は「白蓮華のように最も勝れた正しい教え」と訳されています。

この和訳では白蓮に意味があるように受け止められます、印度では白蓮は仏教だけでなく土着思想のバラモンの経典にもよく出てくる清浄な喩えのキーワードです。

それでは、この経題和訳名の「白蓮華のように最も勝れた正しい教えに帰命します」を百万遍唱えて何か悟りとかの境地に辿り着くと思えるでしょうか。意味が具体的であれば有るほど経題と唱える行為は意味不明になります。

 

日蓮の題目思想は天台大師の法華玄義の経題意味付けに支えられているので、久遠釈迦中心というより、訳者の羅什+天台大師の意味づけ、という系譜ですので、限りなく中国系仏教の解釈前提となります。

ということは、羅什訳の法華経経題をデンと置いた文字曼荼羅末法の救済法などはかなり飛躍した思想ということですね。